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(2021/11/26 追記)

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変質する世界 ウィズコロナの経済と社会
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政治・社会
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第一部 日本と世界の叡智への問い

『変質する世界 ウィズコロナの経済と社会』
[編]Voice編集部 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間32分
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安宅和人あたか・かずと 慶應義塾大学環境情報学部教授/ヤフー株式会社 CSO。マッキンゼーを経て、二〇〇八年からヤフー。一二年より現職。一六年より慶應義塾大学SFCで教え、一八年より現職。イェール大学脳神経科学PhD。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『シン・ニホン』(NewsPicks Publishing)ほか。



 ──新型コロナウイルスはいまだに世界で猛威を振るっていますが、国・地域によっては段階的に経済活動を再開させています。コロナ後の世界についても議論されるなか、この危機の展望をどうみていますか。


 安宅 そもそも、「afterコロナ」をいきなり考えることに疑問を感じます。私たちがまず議論すべきは、「withコロナ」状況をどう生きるかです。


 新型コロナを終息させるための方法は、大きく二つ。一つは、ウイルスを制圧できる治療薬を開発すること。もう一つは、自然感染かワクチンによって抗体保持者を増やして集団免疫を確立することです。ところが現実問題として、いずれも容易ではない。インフルエンザならばタミフルやイナビルが治療に用いられますが、同じような特異性の高い薬は新型コロナにおいてはまだ目途すらたっていない。ではワクチンはどうかといえば、ビル・ゲイツ氏も指摘していたように、開発が早期に成功したとしても完成は来年の春でしょう。そこから世界に普及させて新型コロナを抑えるには、さらに一年はかかる。そもそもSARSやMERSのように、ワクチンを開発できない感染症だって少なくありません。


 そこで、カタストロフィック(破滅的)なストーリーとして「フリーフォール(free fall:自由落下)」を起こす、すなわち自然感染に(ゆだ)ねて集団免疫を形成する考え方もあります。しかし、もし実行に移せば、その過程で人口の〇・五~一%が死に至ると推定されます。日本でいえば一〇〇万人規模の命を犠牲にするわけで、大戦争クラスの死者数です。成熟した民主主義国家として採ることができない施策であることは明白です。


 ──そこで各国は治療薬とワクチンの開発を進めつつ、感染防止と経済活動の再開をいかに両立させるか、バランスを見極めながらコロナ対策を行なっています。


 安宅 日本は医療崩壊を起こさないように、感染者数を緩やかに抑える戦略を採っていますね。三密(密閉、密集、密接)を避ける行動指針から、「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」戦略ということもできる。では、日本の総人口や医療キャパシティ(病床数)、重症化率に基づき、医療崩壊を防ぎつつ集団免疫を確立するにはどの程度の期間が必要なのか。この値は病床数が日々増えていくことと患者がフラットに発生するわけではないため変動しますが、二年はかかると割り出すことができます(図1)




 つまり、われわれはどの戦略を採るにしても、少なくとも二年は「withコロナ」に向き合わざるをえない。これはさほど難しくない数式で推定できることであり、大学で一・二年生が主として履修する講義で課題として出したほどです。しかしメディアは、こうした試算もせずに空騒ぎするばかりで、危ういと言わざるをえない。


 そもそも人類は有史以来、つねに感染症と闘ってきました。コロナとは別の細菌やウイルスが再び襲ってくる可能性も十分にあります。近年でもSARSやMERSが流行したように、平均すれば四~五年おきに未知の伝染病が世界を襲っている。そう考えれば、かつてコレラや(せき)()に悩まされた時代のように、感染症と共存しながら社会を回す仕組みを早急に確立しなければなりません。僕が子供のころでも、大きな病院には感染症患者の隔離病棟がありました。そんな体制に戻らないといけないのかもしれません。


 ──新型コロナ禍が過去の感染症による危機と比べて特徴的な点は何でしょうか。


 安宅 大きく四つ挙げられると思います。まずは、新型コロナが襲来したタイミング。百年前ならば感染症で命を落とすことは珍しくなく、相対的に致死率の低い新型コロナもそれほど問題視されなかったでしょう。しかし現代は医療技術と設備が飛躍的に進歩し、人道的な規範が世界に浸透している時代です。つまり生命の多くは助けられるようになり、かつてより重い。それは半面、「助けられる命を助けなかった」ならば、殺人に等しいほど問題視されうることを意味します。皮肉にも、医療技術が高くなりすぎたという事実が、いまの私たちを苦しめている。この事象は過去のパンデミックと比べても特殊だと思います。


 二つ目は「ステルス感染」といわれるもので、潜伏期間中に無症状のまま周囲にウイルスをまき散らしうる点です。インフルエンザであれば感染してから比較的すぐに症状が現れますが、新型コロナでは顕在化しない事例が少なくない。きわめて悪質な特徴であり、結果として感染の抑制を困難にしています。


 三つ目が、今回のウイルスは、肺を集中して攻撃してこれまでにないスピードで破壊すること。酸素マスクでは対応できず、入院して一日で気管挿管が必要になる割合が多いというのは尋常ではない病気です。


 四つ目は、世界がグローバルにつながっていながら、人の流れが止まり、飲食・小売・交通・リゾートに代表されるオフライン側の経済の多くが止まってしまったことです。結果、公的な経済措置を通じた莫大な未来への負の遺産も生まれました。これほど世界的に大きな経済的打撃を与えた疫病は近現代では初めてでしょう。


 ──グローバル化と都市化によって世界中に感染が広がりやすくなった、という社会的側面も特徴に挙げられるでしょうか。


 安宅 感染を加速させた面はあるかもしれませんが、たとえば半世紀前のパンデミックと比較すると、意外なことに感染速度に劇的な差はありません。二十世紀にはすでにグローバル化はかなり進んでおり、定期的にパンデミックが発生していました。『ビジュアル パンデミック・マップ』(日経ナショナルジオグラフィック社)をみると、近代において感染症がいかにグローバルに(まん)(えん)していたかがわかります。十六世紀にアステカ帝国を滅亡させたのも、スペインから到来した(てん)(ねん)(とう)だった。まさしく、世界の歴史そのものが感染症と共にあったのです。


 ──データ時代の日本の再生戦略を書いた著書『シン・ニホン』(NewsPicks Publishing)は、タイトルからも想像できるように、映画『シン・ゴジラ』(二〇一六年、総監督・脚本:庵野秀明)から着想を得たそうですね。この映画でのゴジラへの危機対応は「未曾有の脅威に立ち向かう」という点で、新型コロナ禍と共通します。安倍政権の危機管理をどう評価しますか。


 安宅 賛否があるのは確かでしょうが、まさしく『シン・ゴジラ』で描かれた政府の姿と酷似しています。意外に思われるかもしれませんが、同作に登場する政治家や官僚の能力は、個々人でみれば素晴らしいです。あれほど明瞭かつ迅速に意思決定を行ない、判断の間違いが少ない組織は珍しい。ところが、ほぼエラーを起こさなかったにもかかわらず、ゴジラの攻撃により内閣は一時的にほぼ全滅してしまう。


 この映画が示唆していることは何か。それは、現在の社会の仕組みや法制度では、不連続の危機には対処できないということです。『シン・ゴジラ』に登場する政府の人間は皆、理路整然としていてブリリアントでしたが、それでもゴジラという未知の脅威の前では無力だった。それは、アジャイル(迅速かつ柔軟)に対応できる仕組みやルールが事前に整備されていなかったからです。ゆえに、危機対応を成し遂げることができなかった。


 今回の政権の動きもよく似ていると思います。たとえば、未確認生物が東京湾に現れた『シン・ゴジラ』の政府よりもスピードが遅いのは仕方がないにせよ、メディアで批判されているほど安倍政権の対応は悪くない。問題なのは、現象が起きる前にルールを細部までつくり込んだがゆえに、その都度判断が求められる硬直した仕組みです。これでは危機への対処にどうしても限界があるでしょう。


 ──第二次内閣以降の安倍政権は、国家安全保障会議(NSC)や内閣人事局の設置など、迅速な意思決定を行なえるように内閣・官邸主導の仕組みを整備してきました。


 安宅 たしかに安倍政権は、日本の行政システムの弱点を是正しようと取り組んできました。ただし、根本的な構造は変わっていない。いまだにプロシージャ(手続き)が煩雑で多いし、官邸主導の仕組みには個人の強いリーダーシップが求められる。属人的な要素に頼るのではなく、組織としての柔軟性をよりもたせるべきです。


 ──具体的には、何を変えるべきでしょう。


 安宅 まずは、政策の意思決定システムを、国会で行なわれている揚げ足取り的なものから、タスクフォース型の仕組みにアップデートする。新型コロナへの対応では、たとえば他の先進国で抗体検査の審査が通ったら、日本でも迅速に行なえるようなフレキシブル(柔軟)な仕組みをつくる。政策判断としては、現在は「有事」であることを前提とし、止血的な有効性と過剰なコストの回避を軸とする。これらのガイドラインの構築が急務です。


 ──政府とは別に独自のモデルを示した大阪府の吉村洋文知事や東京都の小池百合子知事、北海道の鈴木直道知事の手腕を評価する声も聞かれます。


 安宅 評価すべき部分は多いと思います。ただ僕は、これも必ずしも個人の力量に因るものとは考えていません。あくまでも中央政府と自治体のシステムの差によるものでしょう。知事や市長など地方自治体の首長は、会社でいえば経営者です。自らがあらゆることを決裁して、なおかつ実行する権限をもっています。しかし、中央政府は規模が大きく、関係省庁との調整も複雑なため、必然的に地方のように迅速な意思決定がしづらい。


 これは「戦前の教訓」に因るものではないでしょうか。日本はかつて大政翼賛会による挙国一致体制で道を誤り、だからこそ戦後には、中央政府が権力を行使しにくい仕組みをつくり上げました。GHQの支配下で制定された憲法の影響もあるかもしれません。いずれにせよ政治家の属人的な能力ではなく、その根底にあるシステムに注目して刷新しなければ、不連続な変化に対応しうる新しい日本をつくることは叶わないのではないかと思います。


 ──新型コロナは、あらゆる業種の企業に大打撃を与えています。この難局を乗り切るために、経営者がもつべき思考は何でしょうか。


 安宅 いま世界で何が起きているのか、マクロなトレンドを押さえることが重要でしょう。どんな天才経営者でも、これを無視しては世界との競争には勝てない。ではそのトレンドが何かといえば、「withコロナ」状況を前提とした密の回避です。


 人類はこれまで、進んで三密の空間をつくり上げてきました。その象徴が都市化であり、人が便利で豊かに生きるために都会の文明を構築してきたわけです。ところが今回のコロナ危機によって「密閉・密接(closed/contact)×密(dense)」から「開放(open)×疎(sparse)」な価値観へと向かう強いベクトルが働き始めている。私はこのことを「開疎化」と呼んでいます。


 ただし、だからといって都市化の流れが完全に止まるわけではありません。どちらかといえば、従来の都市化に開疎化のトレンドが上乗せされるかたちで、世界が動いていくイメージです(図2)。まず進むのは都市空間とインフラそのものの開疎化でしょう。医療機関、商業施設、オフィス、大量輸送機関などの開放性を上げ、疎空間にする。それに伴い生活空間とオフィス空間の融合も進む。




 映画『ブレードランナー』で描かれたような都市集中型の未来を避け、『風の谷のナウシカ』で描かれたような豊かな自然とともに暮らす空間に移る人も増えるでしょう。


 ──コロナ危機の前から「開疎化」を想定していた経営者は多くないはずです。必然的に多くの企業がビジネスモデルの大きな転換を迫られるでしょう。


 安宅 本社集中、都市密集型を前提にした経営戦略を見直す良いタイミングだと考えられます。日本はとくにそうですが、建物がひしめき合うオフィスビルは「密」の典型です。ほかにも満員電車やカラオケ、地下のバーなどをいまの形態のまま残すのは難しい。飲食店にかぎらず肩を寄せ合うような業態が、コロナ前と同じスタイルで営業し続けられるかは(はなは)だ疑問であり、相当なイノベーションが求められるでしょう。今後は室内の空気が何分で入れ替わっているのかを誰もが気にする世界となり、どの業態であれ、空間の空気回転率を意識せざるをえなくなるでしょう。

「開疎化」の社会では、「清浄」という価値の比重が増していきます。そうしたトレンドに沿って新たなビジネスを生み出せるか、それがいままさに経営者に問われている姿勢なのではないかと思います。


 ──ICT(情報通信技術)を活用して時間や場所の制約を受けずに働く「テレワーク」も推進されています。個人の働き方も大きく変わるでしょう。


 安宅 当然のことながら、どこでも仕事ができるようになれば、都会に住居を構える必要はありません。郊外にある開疎空間を拠点にしてもいいわけです。すると、現在は決して利便性が良いとはいえない土地であっても、自然豊かで開疎な度合いと生活・文化を支えるインフラ次第では価値が上がっていくことも考えられます。


 また、接触から非接触への転換も重要なポイントです。近年、中国で急速にキャッシュレス化が広まりましたが、それは偽札問題以上に、現金が汚かったことが大きい。中国では、銀行員など日常的に現金に触れる人は肺炎にかかるリスクが数倍に高まることが知られています。「withコロナ」時代に入り、これは中国固有の問題ではなくなりました。


 一方、日本はキャッシュレス化で出遅れたのは事実です。しかし、コロナ禍を機に現金への接触を忌避する空気が醸成されれば、「(けが)れの文化」から一気に変わる可能性がある。物流の世界ならば、人間の代わりにロボットが作業・配達することにより、接触をなくすこともできる。日本が直面しながらも手付かずだったキャッシュレス化と対人無人化という課題が、「非接触」視点で一気に進展するチャンスです。それもまた、「開疎化」がもたらす社会の変化の一つでしょう。


 ──日本は狭い面積に多くの人口が集中する「密」や「接触」の典型的な国といえるかもしれません。「withコロナ」の状況下、わが国に勝算はあるでしょうか。


 安宅 僕は、日本には他国がもちえないポテンシャルがあふれていると考えています。その一つは森です。わが国の森林面積率(国土のうち六七%)はG7諸国のなかで頭一つ抜け出ています。人口密度(三三四人/㎢)もそう。森林以外の三分の一の平地にこれだけ多くの人が集まれば、密になるのも無理はない。日本人は広大な森を活用すべきであり、いまこそ少しずつ森に(かえ)るときなのです。


 僕は、さまざまな分野の仲間たちとテクノロジーを使い倒しつつ、開疎で豊かな都市集中型の未来へのオルタナティブを創る取り組み「風の谷を創る」を開始しています。そこでは人口密度五〇人/㎢以下の疎空間を想定しています。しかし現在、都市部から離れた場所に道、上下水道、電気、ごみ処理といったインフラを築き維持するために、巨額のコストがかかっています。


 つまり、開疎な谷を実現するには、インフラのスペックの見直しに加え、脱グリッド化(インフラネットワークから切り離されてランできる状態)を図る必要があります。さまざまな視点で前提から疑うレベルの検討が必要ですが、経済的にも持続可能なシステムをつくるのは並大抵のことではありません。系の安定のためには百年は続く運動論が必要だとわれわれは考えています。

「コロナによる医療崩壊をどう防ぐのか」「経済活動をいかに再開するのか」という議論の先に、オフグリッドな開疎空間の構築を見据えなくてはなりません。


 ──生活に必要な機能を中心部に集約することで効率的な生活・行政をめざす「コンパクトシティ」とは逆の発想ですね。


 安宅 コンパクトシティは経済効率の良い「都市」を地方空間に持ち込むもので、コロナ前の時代では、たしかに間違った手法ではありませんでした。しかし、多くの密をつくり出す施策であり、「withコロナ」以降の世界で行き詰まるのは目に見えてきています。ここでも大都市同様の個別空間の開疎化が必要だと考えられます。


 ──感染症にかぎらず、これからも私たちはさまざまな危機に直面するでしょう。

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