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中国人に学ぶ「謀略の技術」 情報戦――せめてこれだけは知っておきたい
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第一章 聖人君子だって情報戦を使っている

『中国人に学ぶ「謀略の技術」 情報戦――せめてこれだけは知っておきたい』
[著]福田晃市 [発行]PHP研究所


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スパイ活動は悪いこと?


 スパイは、相手をだましたり、相手から情報を盗んだりして、情報戦をおこないます。ですから、その活動は一見すると悪いことのように見えます。


 しかし朱甲は、スパイ活動は決して悪いことではない、と言います。たとえば、『間書』にこう書いています。



 (イー)(イン)は、聖人としての責任を果たした人で、水におぼれ、火に焼かれるような非情な苦しみから人民を救うため、みずからスパイになったのだから、スパイになったことが、どうして彼の経歴の傷となるだろうか。

()(いん)は、(せい)(にん)ずる(もの)にして、(たみ)(すい)()(すく)い、(すなわ)(みず)から(かん)()る。(なん)(きず)あらん)



 少し解説しておきます。


 古代中国の話ですが、()国の(チエ)(ワン)は、ひどい政治をおこない、人民を苦しめていました。(タン)(ワン)は、そんな桀王を打倒し、(しよう)国を建国します。


 その湯王の参謀として活躍したのが、伊尹です。


 伊尹は、湯王のため、みずからスパイとなって、いくたびか夏国に潜入したことがあります。そうやって情報を集めたり、夏国の重要人物を(ろう)(らく)したりして、湯王に有利な状況をつくっていきました。


 その結果、湯王は桀王に勝利し、人民は苦しみから解放されました。ですから、伊尹は立派な聖人として、歴史に名を残しています。


 このように、立派な聖人だって、スパイ活動を使っています。そうすることで人民を救っています。ですから、スパイ活動は決して「悪いこと」ではない、というわけです。


 まさに「ウソも方便」ということでしょう。


■活用例人のためにウソをつこう



 中国の兵法家は、こう考えます。

自分のためにつくウソは許されないかもしれない。しかし、人のためにつくウソは許される」


 ふだんの生活の例で言えば、友人が服装について「この服は、自分には似合わない」と気にしていたとします。よく見てみると、たしかに似合ってはいません。しかし、おかしいというわけではありません。


 このとき、バカ正直に「そうだね」と同意すれば、友人はさらにヘコむでしょう。ですから、ウソでも「似合っていると思うよ」と言ってあげます。結果、友人も少しは気分が明るくなるでしょう。


 このように、中国の兵法家は、私欲を満たすためではなく、公益をはかるためにウソをつきます。これは、スパイ活動も同じです。


 たしかにスパイ活動では、たくさんの「汚い手段」が使われます。しかし、それによって公益をはかれるのなら、ためらってはいけません。これが、朱甲の言いたいことです。


 そもそも汚れきったトイレをきれいに掃除しようとすれば、自分も汚れてしまうものです。同じように、汚れた世の中をきれいにしようと思うのなら、自分も汚れる覚悟が必要です。そういうことなのでしょう。


 それを念頭において『間書』に学んでいけば、道をふみあやまらずにすむでしょう。


【コラム (ほう)(だい)



 敵が攻めてきたとき、それをすばやく知ることができれば、それだけ余裕をもって反撃できます。


 そこで、現代では、偵察衛星やレーダーなどを使って、敵の攻撃をすばやくキャッチしています。


 いっぽう古代の中国では、敵が攻めこんできたとき、烽火(のろし)を使って急いで中央に知らせるシステムをつくりました。


 そのための施設が「烽台=のろし台」です。


 烽台は、国境から首都に向かって、一定の間隔で置かれます。図で示すと、こんな感じです。


 烽台Aで烽火があがったら、烽台Bが烽火をあげて、烽台Cに伝えます。すると、烽台Cも烽火をあげて、首都に警報を伝えるわけです。


 ちなみに、烽台では、烽火を通信に使うほか、昼間は旗を使ったり、夜間は提燈(ちようちん)を使ったりなどしていました。


 また、毎朝もしくは毎晩になると、「(へい)(あん)()」といって、「異常なし」を知らせる烽火をあげることになっていました。もし「平安火」のあがらないときは、その烽台が敵に占領されるなど、なにか異常があったということです。他の烽台の担当者は警戒し、偵察に出かけたりします。


 なお、烽台の担当者は、帥(リーダー)一人、副帥(サブリーダー)一人、(ほう)()(兵士)五人の計七人です。一日三交代制で警戒にあたっていました。


 烽台は、もともと十里(五キロ)に一つの間隔で置かれていましたが、のちに三十里(十五キロ)に一つの間隔で置かれるようになりました。


 その通信速度は、宋代では、一日に二千里(千キロ)ほどで、時速四十一・六キロほどでした。しかし、清代になると、一日に七千里(三千五百キロ)ほどで、時速一四五・八キロほどにまで向上しています。


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