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米中時代の終焉
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政治・社会
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第一部 香港強奪で世界の信用を失った

『米中時代の終焉』
[著]日高義樹 [発行]PHP研究所


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 有名な万里の長城その防衛拠点とも言うべき四角い城郭の中に立った時、人影はまったく無く、長い石の塀が中国の山々のあいだを遥か彼方まで伸びていた。ちょうど初夏の頃で緑が美しく、万里の長城の城壁が中国大陸の一角を区切っているのを見ることができた。きわめて珍しいことだが、当時私はハーバード大学で教えていたこともあり、中国政府が特別なはからいで観光客を立ち入り禁止にしてくれていた。万里の長城の特徴は、城壁の上を四輪馬車が全力で走れるようになっていることだという。満州から攻め込んでくる、いわゆる外敵をくい止め、中国の安全を図ろうと作られた。


 しかしながら長々と延びる万里の長城は、外敵を防ぐにはあまりにも効率が悪い防衛システムのように思われた。中国の防衛戦略の象徴と言われる万里の長城は、軍事的に計算してみてもきわめて無駄なもので、こけおどしにすぎないことははっきりとしている。孫子の兵法、毛沢東の共産主義、そして習近平の戦略というのは、万里の長城が象徴している無駄と不経済の代名詞のように私には思われた。



 二〇二〇年五月二十二日、北京で開かれた中国政府の最高決議機関、全国人民代表者会議で習近平は、香港に中国の政治体制を押し広げるための安全保障法を提唱した。この習近平の香港を不法に強奪しようという試みは国際社会のなかでは許されない行動であった。歴史的には習近平の行動は大きな失敗であった。


 この習近平の不法な決定のあと、アメリカの怒りもあり、香港が与えられてきた金融的な特権が急速に消えてしまった。中国企業は早々と中国国内へ戻りはじめており、中国経済が縮小し始めている。香港に対する暴挙によって習近平は世界を相手に敗れてしまったのである。


 習近平は、かつて香港の反政府主義者を北京に拉致し、犯罪者として処置する法案を作ろうとして失敗した。だが今回はこの法律を無理やり通してしまった。この習近平の中国国家安全保障体制というのは、中国が香港をイギリスから返還された際の約束を破るものであった。香港に特別な自治体制を認める、いわゆる一国二制度の取り決めを壊し、不法に香港を強奪する行為だった。


 一九九七年、イギリスは百年間植民地としてきた香港を中国に返還したが、その時、中国側は向こう五十年、二〇四七年まで香港を特別自治区として待遇するという約束をイギリスと結んだ。その頃私は『日高義樹のワシントン・レポート』という報道特別番組を毎月一回民間放送から放映していたが、興味のあるテーマとして現地取材を行った。


 この時私は、「香港の輝きは失われる。『アジアの真珠』と言われた華やかさは二度とは戻ってこない」と伝えた。返還のあと香港にあったファンシーなレストランはほとんどが日本へ移ってしまい、経済的な特権も消えてしまった。


 しかしそうしたなかで残されたのは、中国が香港という特別自治区を使って、中国国内から世界へ資本を動かすことや、同時に、世界からの資本を、香港を通じて中国国内に受け入れることだった。外国企業が安全保障上、中国に売ることのできない技術や兵器を、香港の企業に売るという名目のもとで中国側に売り渡す仕組みが作られていた。


 つまり香港は、民主主義的な立場を維持するという建て前のもとで、一種のトンネル企業と化し、中国のための不正な財政活動や先端技術の移動が許される場所になってきた。


 このことは中国にとってだけでなく、アメリカをはじめ周辺のアジアの国々にとっても必要な措置であり、経済的な繁栄を続けるためには維持し続けなければならない現実であった。


 こういった現実を前に、中国の習近平は香港の法律を変え、無理やり中国と同じ、非民主的、非人間的な体制を香港の人に押し付けようとしたものの、失敗して諦めてしまっていた。ところがいまや、そういった中国が享受してきた経済的、財政的な特権を無視してまで、イギリスをはじめ世界との約束を破り、香港という自治区を中国の領域として、強奪してしまった。この強硬措置の背後にはいったい何があるのか。

失脚の危機に対する大博打


 習近平はこの問題について基本的な政策をまったく明らかにしていない。しかしながら、政治的に見て、明らかなことは二つある。その一つは、習近平が最初の香港収奪に失敗したあと、台湾の総選挙でも敗れ、政治的に見ると大敗北を喫してしまったことである。


 そうしたなかでトランプ大統領の経済的な締め付けが続いており、このまま事態が進めば習近平が失脚してしまうのは明らかであった。そうした政治的な危機に対応するため、もう一つの大きな危険である金融、経済上の利益を投げ出してまで香港を収奪するという、大きな博打を打ち、政治的な決意を示したのであった。


 習近平の香港に対する安全保障体制というのは、そのまま中国経済を締め付けることになる。五月二十二日、全人代の決定が行われた直後、アメリカのポンペオ国務長官は香港の特別な地位は失われ、経済的な特権は消えてしまったと発表した。


 中国は香港を経由して、どれだけの資金を動かしているのか、あるいは先端技術を手に入れているかは、何の発表も行われておらず、明らかではない。しかし中国の経済力は年間GDPにすれば世界の十六パーセントを占めており、輸出は二兆数千億ドルに達している。この巨大な経済力の膨大な部分が香港を経由して動かされていることは周知の事実である。


 習近平が行った香港に対する安全保障上の措置は、そういった中国の得てきた金融、経済上の特権を放棄したものであり、それも中国自身が決断した結果である。


 ウォール街の専門家によると、この不法な決定のあと、香港の金融上の特権が無くなるのを恐れ、中国企業は香港やその周辺から急速に中国本土に引き上げている。ウォール街の情報によると一週間で百社以上、資本金にして三千億ドル以上が香港を見放して中国に戻ってしまった。


 今度の習近平の劇的とも言える香港収奪についての二点目の問題はここにある。つまり中国の香港における特別な立場がすでに消滅してしまった。それも習近平のメンツを守るためである。

世界をアメリカとの間で分断する


 習近平の戦略と考え方はその行動から推察するときわめて明白である。これまで中国はアメリカとの覇権戦争に全力をあげてきた。政治的、軍事的に対決の姿勢をとりながら、経済的にはうまく立ち回って莫大な利益を得てきた。


 しかしながらトランプ政権が登場して、アメリカ側の中国に対する締め付けがこれまで考えられない以上厳しくなった。そうした厳しい情勢のなかで、習近平が取りうる戦略というのは、一歩後退し、現在の中国の立場を維持しながら、アメリカに対して持久戦を続けることである。この点を中心に考えれば、習近平が、これまでのように、中国をより大きくより強くして、アメリカに勝つという覇権の戦いを切り替え、自分の政権を維持するための新しい長期戦略をとろうとしていることが明白になる。


 習近平からすれば、中国が取りうる金融経済政策は現実的に見るときわめて限られている。中国は資源の面からすると非常に厳しい立場に置かれている。食料不足は歴史的に見ても恒常的であり、国民は常に飢えに苦しんできている。中国は年間五百万トンの大豆をアメリカから輸入しなくてはならないという事実は世界中に知れ渡っている。


 石油についても、一日の消費量が一千数百万バレルに達しており、アメリカの一日二千万バレルに匹敵しようとしている。しかし中国の石油の生産高は数百万バレルにすぎない。南シナ海での不法な領土争いに力を入れているのは、石油資源が狙いである。


 食料や石油を輸入するためにも、中国は少なくとも年間数千億ドルの資金を必要としているが、米中対決のなかでそういった資金を獲得するには、国内の生産体制や、社会システムを強化する以外なくなっている。


 このための戦略が政治的に香港を強奪し、国民の支持を固める一方では、海外から入ってくる資金には依存しない、という決意を表明することであった。習近平の新しい戦略というのは、ここまで大きくなった中国の立場を維持し、できればアメリカとのあいだで世界を二つに分割した体制をとることである。香港の経済的な特権を諦めた、というのはその一つの表れである。


 習近平からすれば中国の経済力や技術力からすると、現在の戦略を継続してもアメリカの強大な経済力や軍事力にかなうはずはない。そうした問題を現実的に考え、すでに中国が作り上げた経済力、軍事力、政治力を駆使して、最小限、世界をアメリカとの間で分断する体制を作ることに踏み切ったと思われる。


 中国はもともとが資源的にも技術的にも貧しい国であり、アメリカと覇権戦争を続けることはきわめて難しい。覇権戦争の中核になる通貨人民元が世界の人々の信頼を勝ち取ることはほとんどありえないと思われる。つまり習近平は、アメリカがドルを刷りまくるように、中国人民元を刷りまくることはできない。


 この現実から習近平は「二〇二五チャイナメイド」つまり二〇二五年には全てを中国製にするというスローガンを掲げながら、アメリカとの真正面からの覇権争いから一歩ひき、いま得ている力に基づく現状維持、米中による世界の分割という構想に舵を切り替えたのである。

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