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なんとなく、日本人 世界に通用する強さの秘密
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人文・科学
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第一章 「なんとなく、日本人」が意味するもの

『なんとなく、日本人 世界に通用する強さの秘密』
[著]小笠原泰 [発行]PHP研究所


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全にして個、個にして全


 欧米は「考える」「主張する」「選ぶ」社会であり、それに対して、日本は「思う」「共感する」「合わせる」社会であるといわれる。日本人は判官びいきなので、弱者が好きな国民だと思う。イラクの人質事件や北朝鮮の拉致被害者の家族関係者には、自己責任などどこ吹く風で過度に同情的であるのだが、ひとたび、この弱者である人質の女性が解放されて「イラクに残りたい」と語りはじめると、また、拉致被害者の家族会が、小泉首相が子供五人を帰国させたことを受けて、「予想したなかで最悪の結果」と「主張」しはじめると、一挙にバッシングに変わる。


 これは、日本社会が本質的に主張の文化でないことを示すよい例ではないだろうか。どこかのコラムに書いてあったが、あの連戦連敗馬のハルウララが何かを主張しはじめたら、やはり、あの人気は一挙に消えるのであろう。

考える」「主張する」「選ぶ」ときの主体は自分であり、その意味で、絶対的であり明快である。一方、「思う」「共感する」「合わせる」ことは、暗黙裏に他者の存在を念頭に置いており、その意味で相対的であり曖昧である。ここに「なんとなく、日本人」を紐解く鍵があるのではないか。


 政治家がよく使うが、日本では「公人」と「私人」という言い方をする。小泉首相や閣僚が靖国神社を参拝した折に、マスコミに参拝の立場を尋ねられて、「私人としての参拝です」と答えるので、よく耳にする言葉だと思う。

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