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なんとなく、日本人 世界に通用する強さの秘密
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人文・科学
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第八章 日本人の根源的強さとは何か

『なんとなく、日本人 世界に通用する強さの秘密』
[著]小笠原泰 [発行]PHP研究所


読了目安時間:47分
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 日本の歴史を概覧すれば、日本人の根源的強さは明白であろう。絶え間なくいろいろなものを外部から取り入れて、日本的なものに変え、自家薬籠中のものとしてきたことである。有史以来絶えることのない日本化を行なってきたわけである。つまり、持続性と変容性の両立というかなり難しいことを長きにわたり行なってきたのである。


 日本人は、設定された役割の遂行に当たって、新しいものを取り入れ、(かん)(こつ)(だつ)(たい)して新たな日本的なるものを作り上げていく。作り上げていくものとの関係性の構築を通して、終わることなく精緻化を行ない、究めていく。これが、日本人の最大の強みではないか。


 ここで、重要となるキーワードは、


日本化

役割設定

精緻化と究め

関係性の構築



 である。


日本化は無化のプロセス


 文化の周辺部に属する地域が、文化の中心部から、物から制度にいたるまでを移入するのは、別段、日本に限ったことではない。何が日本特有かといえば、おそらく、以下の二点であろう。ひとつは、社会に大きくかかわるものの移入である。たとえば、漢字の受容や仏教の受容や律令制の受容、そして戦後の民主主義の導入に見られるように、移入するものの背後にある思想や理念を切り離し、それを社会に対して無害なものとして導入する。つまり、換骨奪胎という無化のプロセスがあるということである。逆にいえば、この無化のプロセスになじまなかったものは、たとえ外部から移入されたとしても、日本の社会のなかには定着していない。


 もうひとつは、精緻化と究めにもかかわるが、日々の生活にかかわるものである。銅鐸の日本化やカステラの日本化に見られるように、凝りに凝る。長崎カステラのザラメの残し方など尋常ではない。ご存知のように、このような事例には事欠かない。


 筆者は、この無化のプロセスこそが、日本化であると思っている。しかし、日本人はこの無化のプロセスを自覚していない。おそらく無意識の行為なのであろう。だからこそ、漢字にしても、仏教にしても、民主主義にしても、オリジナルからかなり外れているのに、それを自覚していない。


 ここで、仏教の話が出たので、「空」とそれを代表する禅について少し触れてみたい。筆者は、「空」も禅もきわめて日本的解釈がなされたものではないかと思っている。そもそも「空」とは、サンスクリット語でSUNYA(シューニャ)といい、「~を欠いている」、すなわち、数学の「ゼロ=0」を意味する。インド人が「ゼロ」の概念を作り出したことは、ご存知の方も多いと思う。

SUNYA」(シューニャ)の概念を仏教の理論として大成したのは、大乗仏教の祖といわれる二世紀から三世紀のバラモン出身の仏教僧、ナーガールジュナ(龍樹=中観派の祖)であるといわれている。ナーガールジュナが行なおうとしたのは、輪廻からの解脱のために、仏陀の「縁起の理」(すべては、物は物との関係において互いに存在する)を無自性という概念として提示することによって、その思想をいっそう徹底することであった。その理論体系化に当たってナーガールジュナは、「SUNYA」(シューニャ)というゼロの概念(プラスでもマイナスでもない質量のない中立概念)を仏教の教えのなかに体系的にはめ込んだと考えるべきであろう。「ゼロ」の概念の明確化が六世紀以降であることを考えると、空の思想発展とゼロの概念の形成とは、インドにおいて歩を一にしていたのかもしれない。


 日本人にとって「空」といえば、般若心経で「(しき)(そく)()(くう)(くう)(そく)()(しき)」と唱える有名な部分であろう。南北朝時代初期の鳩摩羅什(クマラジーバ)という僧が、サンスクリット語で書かれた般若心経を漢語に訳すときに、「SUNYA」(シューニャ)に「空」という漢字をあてた。


 しかし、ここで大きな疑問が存在する。現在でこそ、「ゼロ」というプラスでもマイナスでもない質量のない中立概念は、広く理解されているが、当時の世界で広く理解されていたわけではない。インドにおいては、ちょうど「ゼロ」の概念が明確になってきた時期であるが、後の七世紀にインドに赴いた玄奘三蔵にしても、「ゼロ」の概念を理解していたと思わないほうが現実的ではないだろうか。玄奘の新訳といわれるものには、漢語に該当する概念がないためか、サンスクリットからの写音のものも多い。「ゼロ」という概念は、コペルニクス的な発想の大転換であり、このような概念をすぐに理解できると考えるのは無理がある。子供にゼロの概念を教えるのがいかに大変であることか。


 つまり、インド人にとっては、「SUNYA」(シューニャ)は日常的な概念であり、それが、仏教のなかで使用されたとしても、違和感のあるものではなく、ふつうに理解が可能なものであったに違いない。しかし、日常的になじみのない概念を、宗教という限定的な論理のなかで理解することは、非常に難しいことであり、鳩摩羅什訳の「空」を踏襲しただけである玄奘は、その概念を正確には理解できなかったのではないか。この「ゼロ」の概念を(おそらく)理解していない「空」をベースに、中国において禅の思想が発展を遂げていき、やがて、栄西、道元を経て、中国人の高僧、蘭渓道隆を招いた専門道場として鎌倉建長寺が建立され、こうして禅が本格的に日本に移入されるわけである。


 ここで、ひとつ大きな見落としがある。漢語から「やまとことば」への変換である。つまり、「空」は日本に入ってきたときに、「くう」から「から」へ変わった可能性がある。日本人は、「空」という漢字に「から」という「やまとことば」をあてたのである。「くう」とはあくまでも、漢語の発音に基づく音読みでしかない。「SUNYA(シューニャ)=ゼロ」から「空」へ、「空」から「から」への転換である。


 明らかに「から」と「ゼロ」では概念が異なる。インド人の考える「ゼロ」が数学的質量ゼロであり、論理の世界の概念であるとすれば、日本人の「から」は「無」であり、主観を排除した直観の世界であり、一貫した論理=理性の世界ではない。禅問答といわれる臨済宗の公案は、主観と論理を超越した直観の世界であるし、いっそう日本化している黙照禅の立場をとる曹洞宗では、ひたすら座禅をすることをよしとし、言葉の世界=論理の世界を排除している。臨済宗の老師にいわせれば、「一期一会と思い、執着を捨てて、馬鹿(から=ちゃら)になれ」なのである。


 この意味で、日本における「空」の思想というのは、オリジナルな「空」の思想とは大きく異なるのではないか。そして欧米でもてはやされる禅は、日本の禅であり、この禅を代表するものが、日本的な「空」の思想なのである。オリジナルはどうであれ、始まりは言葉の勘違いとはいえ、換骨奪胎して日本化(ここでの無化のプロセスは、理性の排除であり、頭=理性という絶対から心という相対への重心の転換である)を行ない、世界に認められたという点で、日本の禅も優れて日本的なプロダクトであろう。


 日本化という無化のプロセスとは、直訳ではなく翻訳でもなく、仕組みと筋を借りる翻訳と創作の中間に位置する翻案の世界である。これが、和魂洋才・漢才のメカニズムを理解する鍵となる。


役割設定


 日本人にとっての役割と役割構造については、すでに第四章と第五章で説明した。日本人の自己構造は、相互協調的であり、個別化されない私的間主観性が根源的自発性、つまり相互主観性をもつ。だから日本人にとって役割と役割構造は特別な意味合いをもつ。ここで再度、なぜ日本人に安定的な役割が必要であるかは触れない。ただこの役割構造は、強制的でも自然発生的でもよいのである。大事なのは、役割構造が安定的であり、相互認知されていることである。役割構造が明確化し、それが安定的であると認識する時点から、日本人の内向きな思考が開始され、その強みを発揮するということである。


精緻化と究め


 日本人がもつ内向きの思考に支えられた役割の精緻化とは、自己の確立と再確認であるがゆえに、異常なこだわりと究めを意味している。日本人は、明らかに独創性や斬新性ではなく、深さを求めて緻密化していく、つまり進化ではなく深化である。これは日本人の心性であり、対象がなんであるかは問われない。数学者の藤原正彦が指摘しているように、たとえ対象が数字である数学者であっても、同じように精緻さと深さを求めるのである。しかし、日本語が視覚言語であることもあり、目に見えるものづくりではその強さが際立つのかもしれない。

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