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ルポ 不機嫌な老人たち
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ルポ・エッセイ
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第五章 老成しない老人たち──“元気”と“機能低下”の狭間で──

『ルポ 不機嫌な老人たち』
[著]林美保子 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:26分
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 若いときには、人は歳を重ねるほどに人間ができていくものだと思っていた。自分よりも、一〇歳も二〇歳も上の人はみな、分別のある大人に見えた。孔子の『論語』に出てくる「子曰く、吾 十有五にして学に志し 三十にして立ち 四十にして惑わず 五十にして天命を知る 六十にして耳順い 七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」という一節を読んだとき、「いまはいろいろ悩んだり迷ったりしているけれども、四〇歳くらいになれば不惑の境地に至るものなんだな」と思っていた。


 また、年輪を重ねて老年の域に入ると、温厚になっていくものだとも思っていた。多少もうろくしていたとしても、人生を悟り、飄々としたかわいいおじいちゃん、おばあちゃん。ざっくり言えば、老人についてはそんなイメージを持っていた。


 しかし、私の場合は四〇歳になっても迷ってばかりいた。最近六〇歳を過ぎてやっとあまり迷わなくなったので、孔子よりは二〇歳遅れているようだ。


 一方、近年は実に元気な老人が多い。この章では、八〇歳、九〇歳でも自転車を乗り回す人たちも登場する。さまざまな統計により、日本の高齢者の体力は二〇年前よりも一〇歳は若返っていると言われている。こうして、現在の高齢者は、以前の高齢者のイメージとはずいぶん違ってきている。漫画「サザエさん」の父・波平はどう見てもおじいちゃんであるが五四歳だそうだ。確かに、まだ会社勤めをしている。母のフネさんは五〇ン歳ということだが、いまの五〇代と言えば美魔女もいる時代、やはり隔世の感がある。


 私にしても六〇歳を過ぎているが、おばあさんだとは思っていない。軽い難聴と変形性膝関節症という加齢による持病を持つようにはなったが、若い頃と変わらず仕事に追われているし、いまでもテニスコートを走り回っているし、日常生活にはほとんど影響はない。しかし、テレビを見ていて、若者が、「六〇歳のおばあちゃんが……」などと言っていたりするのを聞くと、頭の中は元気でも見た目はごまかせないのだなと、ふと我に返ったりもする。


 第四章に書いたように、私の母は非常に我の強い人ではあったが、だんだんと弱って介護度が進み、自分のことが自分でできなくなった頃から温和になっていった。しかし、一時体調が戻ったとき、以前の性格が顔を出したことがある。我が強いというのは、元気の証なのかもしれない。ひと昔前は、高齢者を表わす言葉に、「好々爺」とか「ご隠居さん」というのがあったが、それは先が短いことを悟っていたのか、それとも、ある程度弱っていたから温和だったということもあったのかもしれない。


 他に類を見ない長寿化の中で、現代の高齢者たちはなかなか老成していかない。まだまだ元気だからこそ、ああしたい、こうしたいという“生”に対する欲を持っているように見える。とは言うものの、いくら元気であっても、速度は落ちても、老いは着実に忍び寄ってくる。第一章でも、お客がキレる原因のひとつとして機能低下があることを述べたが、この章ではキレる客以外のケースで、元気だからこそ見過ごされてしまいがちな高齢者の心身の機能低下について考えていくことにする。


自分のミスを認めることが大嫌い


 最近、図書館は高齢男性の利用者が多く、“老人の館”化していると言われている。私も地元の図書館に行ってみたが、閲覧室や読書室はみごとに高齢男性ばかりだ。どうやら、どこの図書館でも状況は同じらしい。


 東京都内の図書館に一八年勤務する図書館司書の松尾和恵さん(六〇歳・仮名)曰く、「高齢者が多いのは昔から。最近というわけではない」そうだ。

「朝一番にやってきて新聞を読む人たちは、だいたい同じ人たちです。この人は日経、あの人は朝日というように棲み分けができているので、朝の争いはないですね。でも、常連ではない人がやってくると争いの元です」

「閲覧は一人一紙にしてください」と壁に書いてあるにもかかわらず、気がつかないのか、いっぺんに三紙を持ってきたり、いつまで経っても読み終わらなかったりすると、キレて怒鳴り合いになって、「あいつ、注意しろよ!」とカウンターにやってくる。「ツバをつけてめくっているヤツがいる。汚ねえだろ!」と訴える人もいる。


 職員が夕刊を出すのを忘れたりすると、てきめんに怒る。夕刊を置くと、日経新聞は早い者勝ちの争奪戦になる。

「日経は購読料が少し高いので自分では買わないのでしょうね」


 借りた雑誌を突然の雨で、傘代わりにしてしまった年配の男性がいた。

「濡れてしまってはもう使えないので、弁償してください」

「なぜだ! 雑誌なんか、すぐ捨ててしまうだろう。オレは税金を払っているんだ!」


 この、「オレは税金を払っているんだ!」というセリフは、「もう、聞き飽きました」と松尾さんがこぼすほど高齢男性の常套句だという。

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