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MARVEL 逆転から世界No.1となった映画会社の知られざる秘密
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エンタメ
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CHAPTER4 ついにハリウッドへ

『MARVEL 逆転から世界No.1となった映画会社の知られざる秘密』
[著]チャーリー・ウェッツェル [著] ステファニー・ウェッツェル [訳]上杉隼人 [発行]すばる舎


読了目安時間:28分
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“Just don't do anything I would do, and definitely don't do anything I wouldn't do. There's a little gray area in there, and that's where you operate.”

――TONY STARK TO PETER PARKER

(Spider-Man: Homecoming, 2017)


 


 

僕がしそうなことも、もちろんしそうもないことも、きみはするな。

そのあいだの小さなグレーゾーンが

きみの活動エリアだ。

――トニー・スタークからピーター・パーカーへ

(『スパイダーマン:ホームカミング』[2017])


思わぬスマッシュ・ヒット


 


 アイザック・パルムッターはマーベル・エンタープライズを掌握すると、出費を削り、倒産を防ぐために調達した借入金2億ドル返済に向けてできることはすべてしようとした。


 締まり屋として評判のパルムッターがまず試みたのは、1990年代に買収したフレアとスカイボックスのトレーディングカード会社2社を買値より安く売却し、運転資金を捻出することだった。


 マーベル・コミックスの編集者の数も減らした。マーベルの諸方針を示し、出費を抑え、高給取りの役員には契約解除を言い渡した。同時にアヴィ・アラッドに新たなライセンス契約を進めるように指示した。


 マーベルでは「アイザック・パルムッターが大鉈(おおなた)を振るいつづければ、キャラクターのライセンス契約だけして電話番をひとりだけ置いておけば事が足りる」というジョークが広がった。


 ライセンスの売り込みは、マーベルのスーパーヒーロー実写映画が1998年に初公開されたことでやりやすくなった。ウェズリー・スナイプス*99主演で、『ブレイド*100』が制作されたのだ。


 ニュー・ライン・シネマ*101と「吸血鬼ハンター」ブレイドに関するライセンス契約が交わされ、4500万ドルの予算が組まれて1997年に制作が開始された。ブレイドは決してメジャーなキャラクターではなく、初登場したのは1973年刊行のマーベル・コミック『ドラキュラの墓*102』第10号だった。


 ところが映画は予想以上にヒットし、公開第1週に1700万ドルを、最終的にはアメリカとカナダで7000万ドル、全世界で1億3100万ドルの興行収入を上げた

『ブレイド』の大ヒットにもかかわらず、マーベルが手にしたのはわずか2万5000ドルで、負債返済の足しにもならなかった。


 だが、これが大きな一歩となった。アラッドは映画業界に対してマーベルのキャラクターは十分に魅力的であるとついに証明したのだ。

「『ブレイド』が成功するとは思いませんでした」とアラッドは話している。


 大衆向けでない要素もそろっていた。コミックの映画化である上に、キャラクターはそれほど知られていない。ホラーものだし、主役は黒人で、R指定もつけられた。だが、ヒットしたのだ。

「ここで初めて、マーベルのキャラクターには何かあると映画業界に認識されたように思います」


 パルムッターのもとでマーベル・エンターテインメントを動かし、初めてマーベルのスーパーヒーロー映画を大ヒットさせたことで、アラッドはマーベルを次のレベルに引き上げることを考えた。


 アラッドが最初に映画業界に近づいたとき、話を聞いてくれる人はまずいなかった。

「当時何をしたかと言えば、山に登っておりてきただけでした」とアラッドは言う。

「業界はコミックが映画の題材になるなんて考えていませんでしたから、頂上まで登り、もと来た道をただおりてきただけです。きびしい道のりでしたが、誰かがそれをしなければ誰も説得できませんでした。映画会社を説得するのはほんとに大変なことでした……コミックにようやく目を通してもらえても、その魅力はわかってもらえませんでした」


 マーベルはどうにか倒産をまぬがれたものの、ライセンス市場は()()がっていた。


 以前より期待できる状況にあったが、マーベルはまだ現金が必要だった。スパイダーマンの一連の権利問題が解決すると、ソニーにマーベルのほぼ全キャラクターの映画化権を2500万ドルで持ち掛けた。ソニーはこれを拒絶、スパイダーマンのみの契約を求めた。


 アラッドとパルムッターはほかに興味を示してくれそうな映画会社を探したが、不発に終わった。そこでふたたびソニーと対話し、スパイダーマンの映画化権を2000万ドルで打診した。


 両社は合意に達し、マーベルは1000万ドルでソニーに映画化権を与え、ソニー傘下の映画会社コロンビア・ピクチャーズが制作するスパイダーマン映画の収益から5パーセントを手にすることになった。だが、マーベルはスパイダーマンの関連グッズの売上をすべて手にすることはできず、ソニーと折半することになった。


 


X‐MENで次の一歩を踏み出す


 


 1999年、20世紀フォックスは『X‐MEN』の撮影を開始した。


 予算は7500万ドルで、1998年公開の『ブレイド』より多いが、当時の大きな予算をかけて作られた多くの映画に比べれば少額だった。

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