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美とリベラルアーツ 美意識を高め、創造性を育む
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生き方・教養
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第一章 考えることと感じること 芸術と心理

『美とリベラルアーツ 美意識を高め、創造性を育む』
[著]阿部博人 [発行]PHP研究所


読了目安時間:25分
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―デカルトは「余は思考す、故に余は存在す」という三つ子にでも分かる様な真理を考え出すのに十何年か懸ったそうだ。(夏目漱石『我輩は猫である』)



 アドルフ・アイヒマンはナチス親衛隊中佐で、ユダヤ人をアウシュヴィッツをはじめとする強制収容所へ移送する実務責任者でした。ハンナ・アーレントがエルサレムのアイヒマン裁判を傍聴しまとめたのが、『エルサレムのアイヒマン』です。副題は「悪の陳腐さについての報告」であり、アーレントの見解は大きな論争を巻き起こしました。彼女は、アイヒマンは「自分のしていることがどういうことか全然わかっていなかった」、「愚かではなかった。まったく思考していないこと―これは愚かさとは決して同じではない」と、結論づけました。


 アイヒマンはユダヤ人を強制収容所へ移送すれば、どのようなことになるのかはわかっていました。アーレントは、「彼は話す能力の不足が思考する能力(他の人の立場に立って考える能力)の不足と密接に結びついていて」、「コミュニケーションが不可能だった」、「彼は言葉と他人の存在に対する、したがって、現実そのものに対する、想像力の完全な欠如という防壁で取り囲まれていた」と指摘しています。(注一)

「人間は考える葦である」とは、パスカルが『パンセ』で記した最も有名なフレーズです。パンセは思考や思想を意味します。パスカルは「思考によって、私は宇宙を包み込んで理解する」と語ります。(注二)


 歴史上、考え抜いた人はソクラテス以降、哲学者、科学者、芸術家とさまざまな分野で多数あげられますが、理性、認識、判断力を論じ、まさに思考そのものを思考したのが、近代の哲学を方向づけたカントにほかなりません。


 カントによれば、経験的な現象界では、感性によって対象が与えられ、悟性によって対象が思考されます。悟性は知性、また、一般的に言う理性に相当します。理性は最高の認識能力で直接に対象に関係するのではなく、経験に関わりなくして達して得られる認識に関するものです。抽象的に推論する論理的能力(間接的に推理する能力)と先見的能力(みずから概念を産出する能力)の二つを含みます。理性は抽象的に推論する能力で、悟性は現実的にものごとを理解する能力と言ってよく、理性と悟性を合わせて知性と言う場合もあります。(注三)


 カントの認識論と真善美の関係はおおよそ図表のようになります。私たちが感性で認識できるのは、時間と空間に制約された経験界の現象です。感性でとらえた現象は数といった概念によって思考されます。真は英知界で理性によって推論していきます。哲学(形而上学)の世界です。しかし、カントは神が存在するか、時間と空間に始まりがあるか、人間には自由はあるかなどの根本問題は実は理性によってはとらえられないと説き、『純粋理性批判』で理性の限界を指摘し理性を批判したわけです。そして、神は存在するか否か、魂は永遠か否かは、どちらでもなく、理性で到達できないけれども、期待し、願うことはできると説きます。




 この感性→現象(感性→悟性)、理性→真という二つの流れと世界は、芸術、特にセザンヌが言う「見えると思うもの」と「見えるもの」の違いに対応します。ピカソやデュシャンやマグリットなどの作品も同様です。カントは経験的に現れるものではなく、主観とは独立したものそれ自体として存在すると考えられるものを「もの自体」と呼びました。リンゴは見えても、リンゴ自体は認識できません。


 そのものという「見えるもの」は、「見えない」のだけれども、それをどう見て、表現するかが芸術となります。


 カントは感性を「我々が対象から触発される仕方によって表象を受取る能力」と定義し、思考の対象は感性によって得られ、感性と悟性が結合してのみ認識が生じると言います。認識には感性が先立ち、感性と悟性の結合によって思考されるのであって、感性と悟性(一般に言う知性や理性)は対立するものではありません。


 カントは直観は「現象において直接に対象と関係するもの」であり、感性的直観と表現しています。そして、特に、「感覚を介して対象に関係する直観」を経験的直観とし、自主的にまた自発的に「悟性そのものだけによって与えられる直観」を知性的直観と言います。


 パスカルはまた、「真理の認識はたんに理性ばかりでなく、心(直感と鮮やかで明晰な知的直観)によっても行われる」、「原理は感得され、命題は結論として導き出される」と説いています。


 数学者で物理学者のポワンカレは論理と直観について、こう語っています。

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