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美とリベラルアーツ 美意識を高め、創造性を育む
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生き方・教養
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第三章 芸術と貨幣論 黄金の雨と尊厳

『美とリベラルアーツ 美意識を高め、創造性を育む』
[著]阿部博人 [発行]PHP研究所


読了目安時間:25分
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 ヴェニスの商人はシャイロックではなく、シャイロックに借金する友人バサーニオの保証人になり、人肉裁判で訴えられるアントーニオです。舞台の始まりは、アントーニオの「まったく、どうしてこう気が滅入るのかな」というセリフです。この憂鬱は何なのでしょうか。第一幕第二場で登場するポーシャもまた「私の小さな体はこの大きな世界に嫌気がさしてるの」と言います。


 ユダヤ人のシャイロックが高利貸しと非難される一方、キリスト教徒であるアントーニオは金を貸すにも借りるにも利息のやり取りはしません。当時、キリスト教は利子を禁じていました。このことがシャイロックとアントーニオらの対立の原点となります。本章では松岡和子訳の『ヴェニスの商人』を引用させていただきます。


アントーニオ

これだけの金を貸すつもりなら、友人に/貸すとは思うな。友情が、子を生むはずのない金を/友だちに貸し、利子を取ったことがあるか?/むしろ敵に貸すと思え。(第一幕第三場)


『ヴェニスの商人』で、シェイクスピアは何を描いたのでしょうか。「肉一ポンド」には一滴の血も与えていないと、アントーニオがシャイロックとの裁判に勝ち、ハッピーエンドの大団円となるという単純な話ではありません。経済と法が大きな幹となって舞台が展開し、性愛が枝葉で表されています。


 登場人物は次の通りです。


アントーニオ ヴェニスの商人で、自らの身体の肉一ポンドを担保にバサーニオの借金の保証人になる。

バサーニオ  アントーニオの親友で、ポーシャに求婚するためシャイロックに借金する。

ロレンゾー  アントーニオの友人で、ジェシカの恋人。

グラシアーノ アントーニオの友人で、ネリッサの求婚者。

シャイロック ユダヤ人の金貸しで、死刑を免れ、キリスト教徒に改宗させられる。

ポーシャ   ベルモントの金持ちの美しい女相続人で、箱選びでバサーニオと結ばれることになる。法学博士に変装しアントーニオを勝たせる。

ネリッサ   ポーシャの侍女で、法学博士の書記官に変装。

ジェシカ   シャイロックの娘で、シャイロックの金と宝石を持ち出し、ロレンゾーと駆け落ちする。



 アントーニオの憂鬱で幕が上がります。アントーニオはなぜ憂鬱なのか。アントーニオは裁判に勝って、命を救われたにもかかわらず、その喜びは伝えられず、その後、どうなったのか示唆は与えられません。ポーシャの憂鬱は、亡くなった父の束縛で自分自身で結婚相手を選べないことです。


 人肉裁判が最大の場面となりますが、全幕を通して貨幣、利子、経済がさまざまに表象されています。この経済については、岩井克人氏が『ヴェニスの商人の資本論』で読み解いています。岩井氏の解釈を踏まえ、いくつかの場面とセリフが意味するものを考えてみます。


 シャイロックの娘ジェシカはロレンゾーと駆け落ちしますが、シャイロックの財産を持ち出します。シャイロックは怒り、うろたえます。


 ジェシカは持ち出したシャイロックの財産を散財します。テューバルという人物が「債権者の一人が指輪を見せてくれた。あんたの娘から猿一匹の代金として受け取ったんだそうだ」と話します。(第三幕第一場)それほど価値のない猿一匹の代金として、貴重な指輪で支払います。等価交換ではなく、シャイロックが胎蔵していたいわば貨幣を増幅させ、流通させます。


 ポーシャは婚約者を箱選びで決めます。


金の箱「我を選ぶ者、(もろ)(びと)の欲するものを得ん」

銀の箱「我を選ぶ者、その身にふさわしいものを得ん」

鉛の箱「我を選ぶ者、持てるすべてを手放し危険にさらすべし」(第二幕第七場)



 ポーシャは絵姿となって箱の中にいます。金の箱も銀の箱も、外面と内面の価値は同一です。金は最大でモロッコ大公は自分と勘違いし、銀は分相応でアラゴン大公は自分と取り違え、失敗します。でも、小箱は単なる価値の容れ物に過ぎません。箱の外見と中身は異なります。バサーニオは気づきます。「そうだ、見かけの美しさは中身とは別ものかもしれない」。(第三幕第二場)


 バサーニオは鉛の箱を選びます。バサーニオとポーシャはめでたく、結ばれます。バサーニオはポーシャへ「俺の運命の総決算だ。……額面どおりお渡しするものはお渡しし、いただくものはいただきます」と告げますが、決算とか額面とか会計と金融の用語を使います。(第三幕第二場)


 ポーシャが「いまの私より百倍もいい人間になりたい、一千倍も美しく、一万倍も裕福でありたい」(同)と願うのは、相続して胎蔵されていたポーシャの財産が流通し、また、利息が利息を生んでいくことを意味しています。

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